有理数のブログ

本や趣味について書いていくブログです。

今年読んだ本10選(国内編)

 今年はあまりこちらを更新できないまま一年が終わってしまいそうです。

 というわけで、年末ですから、今年読んだ本で好きなものを、国内10冊、海外10冊くらいで挙げて行こうと思います。数えてみたら、今年は小説を139冊読んだようです。上半期の方がたくさん読めたのですが、8月以降はあまり小説が読めず、どちらかといえば漫画を読んでいた気がします。

 

宮野村子『宮野村子探偵小説選Ⅰ・Ⅱ』

宮野村子探偵小説選〈1〉 (論創ミステリ叢書)

宮野村子探偵小説選〈1〉 (論創ミステリ叢書)

 
宮野村子探偵小説選〈2〉 (論創ミステリ叢書)

宮野村子探偵小説選〈2〉 (論創ミステリ叢書)

 

  論創社から出ている<論創ミステリ叢書>の中の二冊から、戦後の女流探偵小説家の草分けとなった作家、宮野村子の探偵小説を集めたものです。今年初めて読んだ作家では、この宮野村子との出会いが一番印象的でした。宮野村子は「文学派」といって、木々高太郎を師事し、文学としての探偵小説を志しました。「生きた人間を書きたい」「人一人を殺すのに千枚書いても構わない」といった言葉からも、宮野村子がただの遊戯的なミステリではなく、文学的なものを目指していたことが窺えます。その結果生まれた作品がこの二冊に収録されていますが、とても素晴らしかった。

 編者の日下三蔵も言うように、宮野村子は決して、斬新なトリックや驚きのミステリ的技巧を披露しているわけではないのです。しかし、物語に宿る登場人物たちが、どのような交流を経て、いかに鬼気迫る犯罪を為したかというような人間と犯罪の物語を、堅実な心理描写で練り上げています。物語と犯罪の精密な結びつき具合が麗しいのです。物語はどこか運命めいていて、カタストロフに至るまでロマンチックですが、人工物くささがまったくない。筆力が圧倒的です。

 もちろん、「文学派」となると推理はおざなりなのかというと決してそうではなく、「八人目の男」などの超絶的なホワイダニットや「匂いのある夢」のとち狂った真相、「紫苑屋敷の謎」のような細やかな論拠からの推理など、本格として読める部分もたくさんあります。特に驚いたのは第一巻の「斑の消えた犬」というもので、少女探偵がクイーンばりの流麗な論理でばっさばっさと事件を切り捨て、事件がトリッキーに二転三転する展開など、この一作はオールタイムベスト級の短編ではないかと思ったり。男女の愛憎、書簡体小説など、バラエティにも富んでいます。とても面白い作家です。これほどの作家が広く読まれていないのはもったいないと思います。

有栖川有栖『双頭の悪魔』

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

 

  今更学生アリスシリーズかよ、と思われそうですが、学生アリスは今年になって読んだのです。やはり素晴らしいと思いますが、お気に入りはこの『双頭の悪魔』です。『孤島パズル』もとても好きです。『双頭の悪魔』は三回「読者への挑戦状」が挿入されますが、それだけ自信があったのでしょう。推理の力、論理の力。そういったものがこれほどまでに犯罪を隅々まで解明してしまうという、一種の恐ろしさのようなものまで感じました。何より、読んでいるのが楽しすぎました。

連城三紀彦『夜よ鼠たちのために』

夜よ鼠たちのために (宝島社文庫)

夜よ鼠たちのために (宝島社文庫)

 

  上に出ている『夜よ鼠たちのために』はつい最近宝島社で復刊したもので、私が読んだのはずっと以前に新潮文庫で出たものです。連城三紀彦は昨年亡くなってしまいましたが、非常に偉大な作家です。『夜よ鼠たちのために』はその中でも屈指の短編集で、誘拐ミステリの傑作「過去からの声」などがお気に入りです。普通はそんなアイデア考え付くはずがないのですが、どうしてこのような発想に至るのか。本当の天才だったなあと、亡くなって一年経った今でも思います。もっと読みたい。

七河迦南『アルバトロスは羽ばたかない』

アルバトロスは羽ばたかない

アルバトロスは羽ばたかない

 

  前作『七つの海を照らす星』の読了後でなければ、この面白さは半減してしまいます。学校での転落事件について捜査していく、という割とオーソドックスなミステリですが、前作に登場した「施設」などの話や設定がそのまま続いているシリーズものですので、やはり二作続けて読みましょう。転落事件の捜査の中で、いろいろな推理に行き当たりますが、最終的な真相は壮絶。意識が飛びました。七河迦南は寡作な作家で、この方の作品で本として出ているものは全て読んでしまいました。新刊が出ることを心待ちにしています。

野崎まど『2』

2 (メディアワークス文庫)

2 (メディアワークス文庫)

 

  野崎まどはこの『2』以前に5冊本を出していて、その全ての続編であり、野崎まどの集大成がこの『2』です。ですから、この『2』以前の5冊を読了してからこの本を読みましょう。この『2』という作品は創作の極致です。物語は演劇や映画に関わる人間が、この世で一番面白い映画を撮ろうといろいろな活動をする物語です。この一見普通なあらすじ、青春ものかな、と思わせますが、この物語の行き着く先はこの世の次元のものではありませんでした。恐ろしい作品です。ぶったまげました。第一作の『[映]アムリタ』はデビュー作のはずですけど、いったいいつからこの話を考えていたのか非常に気になります……『Know』は読めていないので、また近いうちに読みたいです。

島田荘司『斜め屋敷の犯罪』

斜め屋敷の犯罪 御手洗潔 (講談社文庫)
 

  今更御手洗か、とまたもや言われそうですが、島田荘司も全然読めていないのです。ですから、やっぱりこうして作品に触れるとすごくて簡単にベスト入りしてしまいます。この作品は、綾辻行人をして「一生忘れられないトリック」と言わしめた、かなり奇想的なトリックが披露されます。私も驚きで声を上げました。いやあ、これはすごいです。今年は御手洗ものでは『異邦の騎士』も傑作でしたし、島荘はやはり読んでいかなきゃなあと思いました。でも、斜め屋敷のこの衝撃は忘れないと思います。

山田風太郎『幻燈辻馬車』

幻燈辻馬車〈上〉―山田風太郎明治小説全集〈3〉 (ちくま文庫)

幻燈辻馬車〈上〉―山田風太郎明治小説全集〈3〉 (ちくま文庫)

 
山田風太郎明治小説全集 (4) 幻燈辻馬車 下 (ちくま文庫)

山田風太郎明治小説全集 (4) 幻燈辻馬車 下 (ちくま文庫)

 

  山田風太郎はとても好きな作家で、特に明治を舞台にした「明治もの」はハズレがありませんね。この『幻燈辻馬車』も、おじいさんと幼い女の子が主人公で、明治の騒乱に巻き込まれていくんですが、幽霊が出てきたり、やはり山風らしく探偵小説的な部分があってかなり面白かったです。山風は「明治は暗黒の時代」と語るにふさわしい血みどろの展開もありますが、熱さもあり、切なさもあり、面白いものを書かせたら日本一だと思います。

 大島真寿美ピエタ

ピエタ (ポプラ文庫 日本文学)

ピエタ (ポプラ文庫 日本文学)

 

  この作品は高校時代に単行本が出て、読みたいなあと思っていたんですが読まずに引きずっており、今年になって文庫本が出て「これは!」とすぐに買って読みました。あんまり文章を読んで泣くことはなくて、泣けるなあっていうのは感動したみたいな言い方でしか使わなかったんですが、文章で涙が出たのはこの本が久しぶりだと思います。ものすごくよかった。まったく気にならない部分がないというわけでもなくて、あの登場人物がもっと活躍してほしかったな、というようなものはあるのですが、そんなものはどうでもいいくらい美しい話でした。ヴェネツィアと、ヴィヴァルディと、その教え子たちのお話です。音楽の話は好きですし、ヴィヴァルディが残したものの行方のわからなくなった詩を探すというところもちょっとミステリチックでいいですね。その詩がとても染み入りました。すごくよい本です。

舞城王太郎熊の場所

熊の場所 (講談社文庫)

熊の場所 (講談社文庫)

 

  舞城王太郎は私にとって「くっそー、好きって言いたくない……でも悔しいけど面白い……」みたいな感じの作家で、その通り悔しいけど面白いですね。この本には短編が三作収録されていますが、どれも面白く読めました。これだけマシンガンみたいな一人称をぶっ放しておいて主述が乱れないとかすげえ。「ピコーン!」などはミステリとしても通用しますが、こういった話に弱いというか、このお話はめちゃくちゃ下品なんです。でも、幸せな空気を出すのがうまくてやられました。今年は『好き好き大好き超愛してる。』とか、舞城が原作の『バイオーグ・トリニティ』なども読みましたが、どっちもとても面白かったです。舞城の本はちまちま集めていて、それなりに数も揃ってきた頃に一気に読もうと思っています。

三津田信三『幽女の如き怨むもの』

幽女の如き怨むもの (ミステリー・リーグ)

幽女の如き怨むもの (ミステリー・リーグ)

 

  刀城言耶シリーズ第六弾。長編です。私は刀城言耶がとても好きで、かなりいいキャラクターをしていると思っています。やる時はやるのもかっこいいですね。この作品では刀城言耶はほとんど登場せず、終盤でいきなり現れて、彼の推理を披露するのみに留まっています。それがまたかっこいいですが、探偵が物語を作るということを再確認しました。それまでは、遊郭の不思議な出来事の描写が綿々と続いているのです。それが不可解なまま終わってしまう。それを刀城言耶は解釈として物語に直してやる。本格ミステリクラブの法月綸太郎が「謎を謎たらしめるたくらみを、論理のフィルターによって漉き取り、物語に送り返す」というものを本格ミステリの妙味だと語りました*1。まさしくその通りです。この物語も、刀城言耶によってそうした物語に返還されるべきものでした。ですから、物語それ自体に深く関わらず、終盤に現れるのでしょう。遊郭の描写なども凄まじく、勉強したのだなあと感心しました。

 

 以上が10選ですが、他のお気に入りもいくつか。

 

三津田信三『生霊の如き重るもの』

 刀城言耶シリーズです。短編集ですが、やっぱり面白かった。刀城言耶という探偵が好きです。『幽女』は衝撃がとても大きかったし、『生霊』は短編集ながらかなり贅沢なトリックと推理が楽しめました。

小野不由美『東亰異聞』

 明治時代の話が好きなのかも。これも明治の東亰という都市で魑魅魍魎を相手取った優美なミステリです。精密な構成と、超絶的なホワイダニット

飛浩隆『象られた力』

 「デュオ」という短編がとにかく完璧で、最高です。

深水黎一郎『トスカの接吻 オペラ・ミステリオーザ』

 芸術とミステリを絡めた芸術探偵シリーズです。まず、タイトルがめちゃくちゃかっこいいですね。このお話はオペラの劇中に殺人が起こる「開かれた密室」ですが、真相も意表をついてよかったし、何よりオペラの薀蓄が面白く、それとミステリ的な趣が上手に合致するのが巧いです。芸術探偵では今年は『ジークフリートの剣』も読みましたが、あちらもよくできているなあと思います。ただあまり主人公が好きじゃなかったので、個人的には『トスカの接吻』のが好きです。

江戸川乱歩『陰獣』「目羅博士の不思議な犯罪」

 前者は乱歩渾身の本格推理で、事件がまったく逆のベクトルに反転したりするのは気持ちがいいし、乱歩お得意の妖しく奇怪な世界と本格が混じるとここまですごいのかあ、というような傑作です。後者はやっぱり乱歩世界。驚きのハウダニットもそうですが、語りがとてもよかったです。

内田百閒『冥途・旅順入城式』

 この短編集は本当に短い、10ページもないような話が50話ほど収録されているもので、10月の頭から少しずつ、毎日寝る前に読み進めていて、少し前に読み終えました。筋もない、かなり不思議な作品群です。けれど、とても怖い。染み入るような、不気味で、神秘的で、幻想の世界です。

森博嗣幻惑の死と使途』『数奇にして模型

 今年は『すべてがFになる』が実写ドラマ化しましたね。実はこのシリーズは数年前から半年に一作くらいのペースで読み進めていたんです。それから6作目くらいまで読んでいた頃に実写の告知が出て、急いで読もうと、今年の夏頃にシリーズを読破してしまいました。このシリーズは本当に大好きなシリーズで、読み終えるのがとても悲しかったです。この『数奇にして模型』は9作目ですが、シリーズ前半ではまだまだわがままだった西之園萌絵もかなり大人びていて、むしろ犀川先生がとても間抜けで面白い巻なんです。『幻惑~』はかなり大がかりなネタと切れ味の鋭い論理が味わえてかなり楽しかったですね。

 

 今年の国内はとにかく宮野村子との出会いが大きかったですね。一番手に取りやすいのが叢書で二巻合わせて6000円、というのが気軽に手に取りにくくてネックか。文庫になって広く読まれるべき作家だと思います。とりあえず、名前を知っていただきたいですね。こんなに素晴らしい作家、埋もれてはもったいないです。

 国内はこんな感じです。

 次の記事では海外の方を。